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裸足の記憶(読切)

by 立花実咲|Misaki Tachibana

裸足で歩くのが好きだった。

暑い日はもちろん肌寒い時でも、裸足で歩く道は、靴が遮断していた道程の、音を、匂いを、温度を、惜しみなく五官へ注いでくれ、慣れた家の周りの小道も地元の舗装されていない川沿いの湿った道もコンクリートで静かに整えられた遊歩道も私が覚えていたはずの其れとは全く違う場所へ誘ってくれるように思わせた。

けれども、さらさら風まかせな小さな砂の粒は、足の爪の間に入りがちで洗うのが億劫だ。しゃがんで蛇口をひねり、足を交互に水にさらしていると、どんなに気をつけていてもスカートの裾がてろん、と水で湿っているのに気づく。もしくはズボンの裾を膝下までしっかりと上げていたはずなのに、なぜか足の甲を洗っているといつの間にかはねた水しぶきでじんわり水のシミができている。

一番厄介なのはコンクリートの道に転がっている目立たない小石だ。平らだと思って油断していると、隙をついて突然針に刺されたような激痛が走る。大抵はどうってことないただの石ころなのだけれど、最初はイライラする。

それでも私は裸足で歩きたかったし、裸足でいるのをやめなかった。ぎゅっと砂を踏みしめて足の指で掴むようにざっくざっくと歩くと、いつも靴下や靴で守られている足が、歩を進めるごとに随分と頼もしさを増していくように感じられたから。どこへ向かっている時も、自分の意思で、歩いているような気がしたから。

ある日、隣にいた人が怪訝な顔をしながら「靴、履けば?」と遠慮がちにスニーカーを差し出してきた。裸足で歩き続ければ当たり前に私の足の裏や甲には擦り傷とか切り傷のようなものが目立たないけれどできていて隣にいたその人がその傷を案じているのか裸足を好む私の嗜好を案じているのかどちらなのかは今の私にはもう判別もつかない。

その人は私と目を合わせず片手で雑巾を吊るすようにしてスニーカーを差し出した。私は何も言わずにそのゴツゴツした手元を数秒だけ見つめてから「この方がいい」と言って素足をひらひらさせながらスキップしてその人を置いていき、なんならその人、とは誰のことだったか、もう思い出せないくらい昔のことのような気がするけれどとにかく私はその人の人差し指と中指に引っかかった、新しいのか古いのかもよく分からないくすんだ白みたいな色のキャンパス地のスニーカーがなけなしのバスタオルか何かと同じに見えて名前も顔も覚えていないその人、の、目をやっぱり私も見ないままに「この方がいい」とわざわざ大げさに振り切って少し長く伸びた髪を風に乗せながら大股でスキップをしたのだった。本当は一緒になって裸足でスキップしたかったけれど、スキップじゃなくてもいいから私が裸足で見て来た道の音を、匂いを、温度を分かち合いたかったけれどその人は自分の裸足を信用していなくてさらには家の周りの小道ですら危険がいっぱいだと思い込んでいたから私の裸足はいつも私のものだけでその足の裏が知る物語も全部私の中だけで蓄積されてはどこへも行けずに私の裸足しか知らない思い出ばかり増えていった。だからその人の足の裏に知らない世界を見せてあげられたらと思っていたけれどその人の差し出した指とかスニーカーとかいつまで経っても合わない視線がもう私の裸足では追いつけないところにあった、のか、もしくは私がもう先に遠くへ来てしまっていたのかで、その人の指先に吊るされたスニーカーは白旗に見えた。

覚えているのは風を切ってスキップしながら少し泣いたと言うことと、時折大きな石か何かが足の裏に刺さってとても痛かったということくらいだ。

いつまでどこまでスキップしていただろうか。名前も顔も覚えていないその人はあの安っぽいスニーカーをその後どうしただろうか。その人、とは、その、とは、一体いつのことだったか、私がスキップしたあの道は、油断ならないコンクリートだったか、それとも足跡が残る粒の細かい砂浜だっただろうか。


靴を履いて道を歩く今の私にとって、裸足の記憶は思い出せないことばかり。




写真提供:@shimotsu_さん(株式会社Lucky Brothers & co.取締役。Webディレクター。1993年生まれ。鹿児島県霧島市出身、鹿児島高専卒。)


立花実咲|Misaki Tachibana
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