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林檎と地下鉄|#ある惑星の出来事 3

by 立花実咲|Misaki Tachibana

女性。

黒髪。

胸元まで伸びた長髪。

まっすぐに前を見たままの茶色い瞳。

左手には無造作に丸めた英字新聞。

もう片手に、一口分欠けた林檎。

斜め掛けの黒い小さなエナメルのバッグ。

フラットな、黒いパンプス。

胸元に少しギャザーが入っている深いV字のカットソー。

ハイウエストのスカートからすらりと伸びる足。

足は二本、組まれ、黒いパンプスは、左側が脱げ、裸足が宙に小さく円を描くように浮いている。

林檎を一口、かじる。

果汁は出ない。

毎朝、そうしているように。

毎晩、帰り道にも同じようにしているように。

赤と緑のマーブル模様を描く片手に収まる小さな林檎は、少しだけプラムのような甘みと酸味。

くしゃくしゃの英字新聞を開く。


目を下に落とす。

一息。

もう、読んでしまったその新聞紙を、家に持って帰る。

彼も読むだろうか。

否、彼は今朝の新聞はもうすでにきっと読んでいるし、仕事で疲れて帰ってくるからきっと新聞なんて読まずに夕食すらろくに食べずにそのまま靴下すら脱がずにベッドに倒れこんでいるに違いない。

再び視線を車窓へ飛ばす。

毎日毎日、この電車に揺られて、わたしは。

食べかけの林檎。

もう一度かじる。

今度はさっきより強く、大口でかじる。

風を切る騒音。

見えない外の景色、同じところをぐるぐる回っているのかと思わされる黒い地下通路の壁、壁、壁。

ふう、とまた一息。

いくつか乗降する客。

太っている者、細身な者。

かしましい者、ふてくされている者。

車内では一度しか聞こえない乗車駅。

もうどこで降りても一緒かもしれない。

ふう、とまた一息。

残った林檎を再び大口を開けてかじる。

もう、ほとんど芯しかない。

乗客の会話と車体の擦り切れそうな音、轟音の切れ目に聞こえてくるアナウンス。

林檎の芯を英字新聞で包む。

脱いでいたパンプスを履き直し、足を解いて立ち上がる。

そろそろ。

感覚。

駅。

乱暴に開く自動ドアは人一人分くらいしか開いてくれない。

体を少し斜めにして降りる。

ゴミ箱に、英字新聞を突っ込む。

目的地、周辺です。



立花実咲|Misaki Tachibana
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