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短い夏の夜の夢

by 立花実咲|Misaki Tachibana

「歩いて帰ろう」。

打ち合わせを終えた足で向かった電車の駅では、改札口を人々がひっきりなしに往来している。夜の10時を過ぎようかという、平日の、真ん中。

久しぶりの都会の改札口にあふれる群衆をうまく切り抜けられず、柱の影にもたれかかり、足を止め、電車には乗らず、くるりと向きを変えた。

歩こうと思えば、どこまででも歩いて行ける。

最近暮らし始めた、違う町でも、そういえば、同じことを思ったな。

まっすぐに、山の向こうのそのまた向こうまで、伸びている一本道。

目的地まで、無駄なく引かれたその道は、整然と伸びる葉脈のように町のあちこちを縦断していた。

一方、東京もまた、縦横無尽に道が伸びている。

しかも、歩けばどんどん景色が変わる。

歩いている人の身なりや表情、賑やかしい店から漏れてくる笑い声のボリュームも、ほろ酔いで転げ出るように店を出る男女の足取りの軽さも、その街によって全然違う。

わたしがこの街で暮らしていたのは、もう、なんだかずいぶん前のような気がする。

知っているようで、いつまでも他人。

ふらりと久々に街中を歩き出したわたしを、無言で受け入れ、無言で見つめている。

いてもいなくても、どっちでもいい。

それは時に孤独で、時に心地よい。

わたしが電車の混雑にうんざりして4つ先の駅まで歩いて向かっていようと、酔っ払いが喧嘩をしていようと、明日のプレゼン資料を公園のベンチで必死に仕上げているサラリーマンがいても、おろしたてのヒールを履いて闇に浮かぶ白いワンピースを夜風になびかせた人待ち顔の女性がスマホの画面を夜光虫のようにぼんやり覗き込んでいても、誰も何も言わない。

東京は、好き。

言うなれば、遊び上手で聞き上手、お金と品とセンスのある気前のいいお兄さん、という感じ。

ちやほやしてくれて心地よいけど、ずっと「どっちでもいい」なら、わざわざしがみついてまで、そばにい続ける理由はないな、と思う。

それに、ずっと一緒には、居られない。

わたしが彼を「どっちでもいい」と思っているなら、彼にとってわたしも「どっちでもいい」存在の域を出ないから。

歩きながら、そんな「どっちでもいい」風景が横を通り過ぎていく。

途中、4車線と4車線が交差する、大げさすぎる交差点に出た。

電話でせわしなく何かを伝えるスーツの男性。

コンビニの小さな袋を人差し指と中指だけで引っ掛けて、大きなヘッドフォンで音楽を聴き、うつむいている男性。

サンダルを引っ掛けて、近くのホテルから出てきたような軽装の異国語でとめどなく喋る男女。

彼らの後ろで、信号が赤から青に変わるのを待つ。

と、大きく、生ぬるい夜風が、ざあっと交差点を吹き抜けた。

真夏の雨雲の予兆なのか高層ビルが作り出した気流なのかよく分からない、短い風だったけれど、その風が通り抜けた拍子に、交差点のガードレールに低く括り付けてあった、いくつもの風鈴が、チリリリリリと音を立てて揺れた。

車の走り抜ける音と風の音でちぎれそうな、風鈴の音。

夏の青空を音の粒にして、コロコロと涼を作り出す風鈴が、東京のど真ん中で、車と車と人と人の往来の交差点で、生ぬるい風に揺れている。

その音は、風鈴が、ぱりんぱりん、と割れて、粉々のガラスの破片になって夜闇に舞い上がっている音にも、聞こえた。

「どっちでもいい」、風鈴の音。

あってもなくても、どっちでもいい。

コンクリートすれすれにぶら下がる風鈴の、引きちぎれそうな微かな夏の音を聞いている人は、今、この交差点に誰も居ない。


立花実咲|Misaki Tachibana
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